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2006年09月18日

一休さんを知ろう

その昔、アニメで見た一休さん。
今回は、とんちでおなじみの一休さんについて調べました。

門真市三ツ島に一休さんのお母さん(母上さま)のお墓があるといわれている場所があり、このことについては以前に取り上げたことがありますが、今回はおさらいも兼ねて、三ツ島出身のFPの岡本さんにお話を聞きました。
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現在は、下三ツ島公園の中にありますが、ここはもともと川で、その川の中州になってるところにあったそうです。
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このあたりは、楠家の領地だったところで、母上さまは楠家の出身で一度朝廷に嫁ぎましたが、南北朝時代のさまざまな要素があって、実家のあったこのあたりへ逃げたと言われています。

さて、本題の一休さん。
その実像はどうだったのかについては、探偵団の歴史ものでは何度もお世話になっている寝屋川市教育委員会の尾崎さんに解説をお願いしました。
(尾崎さんは、この時代あたりの研究が得意分野です。この日は子供さんの運動会終わりに駆けつけて下さいました)
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一休さんは、禅宗の僧侶で、小さいころから修行をして「一休」という呼び名を譲り受けたそうです。
どちらかというとリベラルな考えをもつお坊さんだったようです。
様々なお寺で修行をして、最後は現在の京都府京田辺市にある酬恩庵(別名「一休寺」)に移って88歳という長寿をまっとうしたそうです。
一休さんのお墓は一休寺にあって、天皇の子供だったということで、宮内庁が管理しています。
一休さんが「とんち」で知られるようになった理由は、僧侶同士の問答(いわゆる「禅問答」)のために、頭の回転の早い気のきいた答えを用意しなければならず、それで鍛えられたのではないかと言われています。
ちなみに有名な「このはしわたるべからず」の話は一休寺のHPにも記載されています。

さて、アニメの一休さんと史実との比較も聞きましたが、いろんな事を教えて下さいました。
まず、「一休」という名前は大人にってから名乗った名前なので、子供のときに「一休さん」と言われることは考えられない。(当時は「しゅうけん」という名前だったそうです)
史実では、そのころの将軍は足利義持で、アニメの足利義満ではない。
アニメの登場人物のうち実在していたのは新右衛門さんと和尚さま。
特に新右衛門さんは、将軍と直接話ができる立場だったので、相当高い地位の武士だったようです。
さらに現実では、一介の小坊主にすぎない一休さんが将軍と直接話をするというのはありえないことだそうです。
(う〜ん 子供の夢を壊してしまったかな?)

また、最近は一休さんを知らないという子供さんもいるようで、またテレビで再放送されることを期待したいと思いました。
posted by もりかど探偵団団員 at 18:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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