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2007年04月16日

もりかど「歴史の街道」シリーズ 放出街道 守口から高野山へ続く道

守口・門真を通っている街道を調べるシリーズ。
初回の今回は「放出街道」です。

放出街道は、守口と杭全(くまた)神社(大阪市平野区)を結ぶ街道で、その先は「中高野街道」とつながり、高野山まで行く道の一部となっています。

今回、谷本団員は放出街道を「文明の利器」自転車を使って、上林団員は、歴史ものの解説ですっかりおなじみの、寝屋川市教育委員会市史編纂課の尾崎課長と一緒に守口市内の放出街道を歩いていきます。

上林・尾崎ペアが最初に寄ったのが、守口市大枝北町にあるこの石碑。
SANY1701.JPG

この石碑は大正年間に作られたもので、当時からここに道があったことを示しているという尾崎さんの解説がありました。

その後、2人は街道を進み、高瀬神社近くへ。
このあたりは荘園だったということで、荘園つながりから高野山と荘園に関するお話を聞けました。
(門真の岸和田あたりも荘園だったそうです)
SANY1699.JPG

さて、自転車で疾走する谷本団員は守口市を抜けて鶴見区へ。
その途中にあった正因寺で「中高野街道」の石碑を発見。
このあたりは、街道の面影が残るような街並みになっていました。

上林団員たちは、守口市馬場町にある護念寺へ。
ここにも、半分埋もれた形の石碑がありました。
(残念ながら何と書いてあるかは分かりませんでしたが)
お天気も良く、ちょうどいいウォーキング日和でした。
1時間半かけて、旭区清水まで歩きましたが、高野山までは・・・。
SANY1695.JPG

谷本団員は街道の名前にもなっているJR放出駅前に到達。
自転車でも1時間半で放出までなので高野山までは・・・。

高野山へは「中高野街道」の名前から分かるように、他に「東高野」「西高野」街道があります。
複数のルートが存在する高野山のステータスについても尾崎さんに解説していただきました。
しかし、弘法大師は「死んでいないこと」になっているとは・・・。

これからも機会があれば、守口・門真を通る街道をたどり、歴史のお勉強をしたいと思います。

今後の「歴史の街道」シリーズをお楽しみに。
posted by もりかど探偵団団員 at 19:15| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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